大学受験において、世界史問題の最難関と言われている一橋大学。
その対策本として参考書『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズを検討している学生も多いのではないでしょうか。『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズは東京大学・京都大学・一橋大学など難関国公立大学の記述・論述対策に向いている参考書と言われています。
では、本当に『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズを読み込んでいれば一橋大学の問題が解けるのか?を、実際の2022年過去問を基に検証していきたいと思います。
一橋大学の世界史問題の特徴
一橋大学の世界史は、400文字で解答する大問が3題出題されます。
他の大学の受験対策をみっちりしている方からすると、「3問!?!少なっ!!」と思うかもしれません。合計1200文字で全てが決まるわけです。一橋は数学など他の教化も大問スタイルで、短い中にどこまで知識を詰め込めるかが勝負になってきます。試験時間は120分です。解き始めるとかなり短く感じるので、時間との戦いでもありますね。
そして、他の難関大学と比べても一橋は難しいと言われている理由は、問題に使われる「指定語句」がない・もしくは少ない点です。東京大学などでも指定語句が結構多く問題に入っています。その語句を使って解答を考えられるため、指定語句さえわかればなんとなく解答を導けることもしばしばあります。部分点を狙えることも。一橋世界史の場合は指定語句が少ないため、問題が全くわからないと部分点すらもらえない解答を記載してしまう危険性もあります。
傾向としては、大問1では中世・近世から出題され、大問2・3では近代史・現代史から出題されることが多いです。大問2・3は中国史を扱うことも多く、ついヨーロッパ対策だけしてしまいがちなので注意が必要です。暗記問題は必ずといっていいほど出ないので、中国史であっても深い考察が必要になります。
『荒巻の新世界史の見取り図』の特徴
次いで、『荒巻の新世界史の見取り図』の特徴です。東進ブックスから発売されている大学受験世界史の参考書です。全3冊で上中下巻あり、人類の起源から現代史まで通史を扱います。
3冊で文字も大きく、そこまでボリュームのある参考書というわけではありません。ボリュームという点で言えば他に通史を扱う『青木裕司 世界史B講義の実況中継』か『鈴木 敏彦のこれならわかる!ナビゲーター世界史B』の方が多いと言えるでしょう。冊数も4冊です。
『荒巻の新世界史の見取り図』では、上巻の前書きでは筆者が「このシリーズをすべて頭に叩き込んでも早稲田や慶応では6割、東大5割程度」と言っているので、一橋も5割程度正解できるか否かというあたりが妥当かと思います。ですが一橋世界史はそもそも5割の正解を目指す試験なので、この程度で良いとも言えます。一橋の問題の質で100点を目指す勉強というのは時間がいくらあっても足りません。
『荒巻の新世界史の見取り図』は世界史の流れを掴むのにまず最適で、そこから各出来事・用語などの本質を理解するのに長けた参考書です。単純な知識問題ではなく深い考察が必要な一橋世界史に向いている参考書と言えるでしょう。
しばしば「国公立の世界史問題は教科書範囲からしか出題されない」と言われますが、一橋世界史においては実はそうではありません。明らかに教科書の中だけでは読み解けない(行間を読んだとしてもそこまでは至れない)問題が多々出題されます。奇問・難問と言われる問題も数年に1度は出ます。
だからといって教科書をおろそかにしてはいけませんが、『荒巻の新世界史の見取り図』のような通史を扱う参考書は必ずといっていいほど対策本として必要でしょう。
一橋大学の世界史過去問題
では、2022年2月の一橋入試で出題された過去問題を見てみましょう。大問1を例にとって、『荒巻の新世界史の見取り図』を参照しながら問題を解いていきたいと思います。ちなみに解答は大学から公式発表されていないため、これが正解の導き方かはわかりませんのでご留意ください。
2022年出題 大問1
皇帝フリードリヒは、諸司教、諸修道院長諸侯、諸裁判官およびわが宮宰達の入念なる助言にもとづき、学問を修めるために旅する学生達、およびとくに神聖なる市民法の教師達に、次の如き慈悲深き恩恵を与える。すなわち、彼等もしくは彼等の使者が、学問を修める場所に安全におもむき、そこに安全に滞在し得るものとする。
朕が思うには、善を行う者達は、朕の称讃と保護を受けるものであって、学識によって世人を啓発し、神と神の下僕なる朕に恭順せしめ、朕の臣民を教え導く彼等を、特別なる加護によって、すべての不正から保護するものである。彼等は、学問を愛するが故に、異邦人となり、富を失い、困窮し、あるいは生命の危険にさらされ、全く堪えがたいことだが、しばしば理由もなく貪欲な人々によって、身体に危害を加えられているが、こうした彼等を憐れまぬ者はいないであろう。
このような理由により、朕は永久に有効である法規によって、何人も、学生達に敢えて不正を働き、学生達の同国人の債務のために損害を与えぬことを命ずる。こうした不法は悪い慣習によって生じたと聞いている。
今後、この神聖な法規に違反した者は、その損害を補填しないかぎり、その都市の長官に四倍額の賠償金を支払い、さらに何等の特別な判決なくして当然に、破廉恥の罪によってその身分を失うことになることが知られるべきである。
しかしながら、学生達を法廷に訴え出ようと欲する者は、学生達の選択にしたがい、朕が裁判権を与えた、彼等の師もしくは博士または都市の司教に、訴え出るものとする。このほかの裁判官に学生達を訴え出ることを企てた者は、訴因が正当であっても、敗訴することになる。朕はこの法規を勅法集第四巻第一三章に挿入することを命ずる。
(勝田有恒「最古の大学特許状 Authenticum、Habita」『一橋論叢』第69巻第1号より引用。但し、一部改変)
問い この勅法が発せられた文化的・政治的状況を説明しなさい。その際、下記の語句を必ず使用し.その語句に下線を引きなさい。(400字以内)
ボローニャ大学 自治都市
2022年大問1を読んだ感想
2022年のこの大問、難問だと思います。勅法「ハビタ」という単語を知らない学生が多かったのではないでしょうか。
しかし、この大問1は例年史料の引用が定番になっているので、読んだことのない内容を読ませるというのは過去問対策をしていれば心構えはできているかと思います。またハビタ自体を解説させるような問題ではないので当時(神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒは周知かと思うのでその年代)の文化・政治状況を知っていればある程度は記述できるのではと思います。
ボローニャ大学という指定語句もありがたいですね。指定語句が大問1で出るのは2004年以降初めてのことなので珍しいでしょう。ハビタが難しすぎるからか、ここで問題を易しくしているのだと思います。
年代が1158年と問題文中に出ているのもラッキーですよね。つまりは12世紀であり、文化状況を聞かれたら当然12世紀ルネサンスが関わってくるなというのは想像できると思います。
また、一橋大学で頻出のテーマが叙任権闘争です。中世ヨーロッパ史が出題されがちな大問1では何度も出てくる問題で、2001年2002年では連続で出たりしています。今回も叙任権闘争、つまり皇帝と教皇との対立関係が政治的背景にありますね。一橋世界史の過去問題では、皇帝と教皇のパワーバランスの変化について、オットー一世やカール大帝などから論述させる問題も出ています。叙任権闘争前後は徹底して理解しておくべき箇所でしょう。
2022年大問1を読み解く
まずは何を聞いている問題なのかを読み解いていきましょう。その上で記述を考えていきます。
この問題は、12世紀のイタリアで発達した自治都市と神聖ローマ皇帝の対立が背景にあります。その対立が大学の自治の形成に及ぼした影響を考察することが課題です。
次にハビタの文を見ていきましょう。『学問を修めるために旅する学生達、およびとくに神聖なる市民法の教師達に、次の如き慈悲深き恩恵を与える。』というのは簡単に言うと『学生と法律の教師にいいこと決めたるぜ』という感じです。『市民法の教師』という単語からボローニャ大学は法律研究が盛んなのかな~くらいに思うといいでしょう。
ボローニャ大学は現存するヨーロッパ最古の大学です。私立を滑り止めで受ける人は暗記項目にあると思います。中世に創設された主要大学として、ボローニャ大学を筆頭にサレルノ大学・パリ大学・ケンブリッジ大学・オックスフォード大学・パドヴァ大学・ナポリ大学・カレル大学(通称プラハ大学)と並んで覚えておくべき大学です。
山川の『詳説 世界史図録』においては、ボローニャ大学は紋章と授業風景の絵が掲載されています。「法学校の学生が自治団体としての学生組合を形成したことに始まるボローニャ大学は、法学研究を中心としローマ法学の復興に貢献した」とあります。図録の知識も大いに活用していきましょう。
ハビタの文に戻ると、『学生の移動・居住の自由』と『同国人の債務のための損害を受けなくとも済む』という2つの権利を保証しています。後者は犯罪や債務の連帯責任を当事者の同郷人に負わせるという慣習を打ち破ったということですね。
問題文『この勅法が発せられた文化的・政治的状況を説明しなさい』ということは、つまり『なんで皇帝が学生に自由とか与えてくれたの?』という切り口です。では記述を考えていきましょう。
2022年大問1の解答例
文化的状況については、まず東方貿易や十字軍によってビザンツ帝国やイスラーム世界との関わりが増えます。そしてギリシア・ローマの古典文献がギリシア語やアラビア語からラテン語に翻訳され、広く知られるようになります。市場が広がったことによる中世都市の経済的発展を背景に、ローマ法や哲学などの学問がイタリアなどで発達。都市には学生が集まり、自治的組織として大学が成立します。
政治的状況については、皇帝フリードリヒ1世はイタリア政策を進め、教皇は教会法の整備を進め、皇帝と北イタリア諸都市は対立します。皇帝がローマ法研究で名高いボローニャ大学に自治権を与え、またローマ法を学ぶ法学者や外部からの移住者として都市で不当な扱いを受けがちだった学生らを擁護します。ここでハビタに繋がるわけですね。
このあたりを400字でまとめて表現できれば解答として良い出来になるのではないでしょうか。
2022年大問1に関わる『荒巻の新世界史の見取り図』箇所
では、この記事の本題です。これらの内容が書かれている『荒巻の新世界史の見取り図』箇所を見ていきましょう。
まず『荒巻の新世界史の見取り図』においては人類の起源から13世紀までが上巻の範囲になるので、今回の出題は上巻から。
オリエントの章
ギリシアの章
ヘレニズムの章
イランの章
ローマの章
ヨーロッパ成立の章
イスラームの章
アフリカの章
西ヨーロッパの章
東ヨーロッパの章
南アジアの章
東アジアの章
東南アジアの章
epilogue~モンゴルの章
上巻の『西ヨーロッパの章』が該当箇所です。(『ヨーロッパ成立の章』の最後でも皇帝と教皇の2つの権威があることについて触れています)
『5. 商業ルネサンス』にて、中世都市の自治について触れています。『商業活動が復活するにともなって都市も復活するのです。~~都市は自治というものを持っているわけです。ゆえに自由を持っていると言ってもいいでしょう』と自治都市の成り立ちについて解説があります。
そして『6. 12世紀ルネサンス』にて、『12世紀ルネサンスについては、イスラームからの文化の流入とそれに触発された学問の発達があります。大学がヨーロッパの各地に設立されるのもこの時代になります。』と太字にもなっていてしっかりと明記されていますね。大学についても触れています。
次の太字では『イベリア半島とシチリア半島はイスラーム世界に組み込まれていましたが、西ヨーロッパの膨張の中で西ヨーロッパ世界に組み込まれます。その過程で、アラビア語の文献がラテン語に翻訳されて伝わるのです。』とあり、ここから学問が伝わっていく流れの解説が始まります。そして『ヨーロッパで最古といわれるのがボローニャ大学(法学で有名)、』と続くためドンピシャこのあたりを読んでいれば今回の大問1の文化側面はまず大丈夫でしょう。
政治的状況については、まずオットーの戴冠を『ヨーロッパ成立の章』で扱っています。オットー1世が皇帝の称号が与えられのちに神聖ローマ皇帝と呼ばれるようになるくだりですね。そこから先ほどの『西ヨーロッパの章』の『3. 教皇権の伸張』にて、叙任権闘争が大きく扱われています。
しかし神聖ローマ帝国のフリードリヒ1世については特に言及されておらず、その前の1122年ヴォルムス協約までが詳しく書かれている形です。政治的背景を記述する問題なので、1122年までわかっていれば当然ローマ教皇と神聖ローマ皇帝が対立し叙任権闘争が起こり、ローマ教皇が事実上は勝利したところ…とわかるのですが、その先にイタリア政策があることなどは言及されていません。このあたりを記述できるかどうかは想像力の問題になってきてしまいますので、政治背景も記述しなければならない問題の解答としては弱いでしょう。
中巻の序盤『ヨーロッパの章 中世末期編』においてドイツ・イタリアそれぞれについて扱いますが、ここでもあまり触れません。要約すると『ドイツもイタリアも自治してバラバラ』という内容なので、フリードリヒ1世の北イタリア進出政策などについては触れていません。
一橋世界史は『荒巻の新世界史の見取り図』で解けるのか?まとめ
今回は『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズを読んでいた場合に一橋世界史2022年大問1が解けるか?という検証をしてみました。
文化面についてしっかり触れていることから、2/3は正解の記述が書けるのではないでしょうか。1/3は文化側面で得点できると思いますし、もう1/3は指定語句についてきちんと文章に組み込むことで得点できるでしょう。指定語句が文化の面で触れられることから文字数的には文化面の比重が大きいはずです。
残りの1/3は政治面についてですね。ここが『荒巻の新世界史の見取り図』では記載がなかったので、これだけでは部分点という形になりそうです。問題文と、叙任権闘争がちょうど終わったあたりである年号から推測してある程度書くことはできると思いますがドンピシャの解答は難しいと考えます。
ということで、『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズでは2/3の正解が導けるという結果になりました!ぜひ参考書選びに活かしていただけたらと思います。