世界史

難関大受験参考書『荒巻の新世界史の見取り図』狂による徹底レビュー

難関大学を目指す受験生の方、目指す予定の高校1・2年生の方に向けて、難関大受験参考書である『荒巻の新世界史の見取り図』について解説していこうと思います。

『荒巻の新世界史の見取り図』が必要な人

大前提として『荒巻の新世界史の見取り図』が誰向けかというところをお話しておきます。東京大学・京都大学・一橋大学の受験用に主に使われることが多い参考書です。記述・論述対策の参考書です。偏差値的にそれより下の国公立受験にも使えますが、長めの論述問題が出題されなければあまり良さを発揮できません。受験する大学の過去問題を見てみて、どの程度の論述問題が出るのかチェックしてみましょう。(一橋の問題と比較するとよりわかりやすいと思います)

偏差値が高い大学でも、早稲田や慶応の受験用にはあまり使えないと思っておいてください。GMARCHであっても同じです。私立大学受験の世界史で出題される問題は単語や年号などを覚えておくことが必須ですが、この参考書はそこに主眼をおいていないので全く対策になりません。大学入学共通テスト対策についてもドンピシャで向いているとは言えず、共通テストは共通テスト用の参考書を別で用意する必要があります。メインの世界史参考書を別に用意し、読み物として『荒巻の新世界史の見取り図』を利用するという形なら意味はあると思います。

『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズとは

『荒巻の新世界史の見取り図』は東進ブックスの「大学受験 名人の授業シリーズ」の本です。東進ハイスクールで実際に講師をしている荒巻先生が、授業形式で書き上げてくれているので非常に読みやすいことが特徴です。「新」とついているのは、10年ほど前は『荒巻の世界史の見取り図』というシリーズで全4冊発売されていたんですがそれを3冊にまとめ編成を組み換えたものが今出ている『新』シリーズです。

通史の参考書ですので、人類が誕生した頃から現代史までをまるっとさらえます。逆に言うと「政治経済の勉強もしたいから現代史だけ見たい」「中世が弱いからそこだけ見たい」といった場合には不向きです。一応、上中下巻と分かれていますし賞立てもされていますが、それでも買うとしたら3巻全部買って一度は通して読まないとこの参考書の良さは堪能できないと思います。

このように、まず受験で活躍できる大学が難関大学のみであることと通史3冊とボリュームがあること、共通テスト用には別で参考書を用意する必要があることからかなり利用者が限られる参考書です。

しかしそれを加味しても一読の価値のある、素晴らしい良書です!!!

『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズの良さ

ひとことでこの参考書の良さを言い表すならば「世界史が好きになる」参考書と言えます。つまんない単語の暗記、年号の暗記、そんなものは好きになったらあとからついてきます。何より「世界史を好きになること」「興味関心を持つこと」「この勉強が自分の人格形成に必要だと感じて主体性をもって取り組むこと」が重要であり、これがあれば知識量と記述力は飛躍的に伸びます。子供が好きな電車の名前をスラスラ暗記できるように、全てがすっと入ってくるようになります。そのための基礎、土台作りをこの本でできると思ってください。

本書の上巻にある前書きを引用させていただくと、
”合格できるだけの点数をしっかりと取りつつ、試験勉強を通じて人間の幅が広がるような、そして知的好奇心が高まるような勉強をすることにつきます。”
”大学生になれればいいや、というだけの低い志の人は、世界史を学んでいっても苦痛を感じるだけでしょうからやめたほうがいいと思います。”

などなど、「その通りです!!!」と言いたいことだらけで、モチベーション向上にもかなり役立ちます。

前書きの文章のように、口語体で書かれていて非常に読みやすいことも本書の魅力の一つです。もちろん図解すべきところは絵や図を使って書いてありますし、地図も当然随所に使われています。

荒巻の新世界史の見取り図 図解

そして「世界史を好きになる」の部分でいくと、突っ込んだコラムやちょっとした小話も入っており、歴史を自分事に落とし込んで納得できるような解説がされているところが最大の魅力だと思います。

荒巻の新世界史の見取り図 コラム

学び直しにも最適な『荒巻の新世界史の見取り図』

僕は受験のために『荒巻の新世界史の見取り図』を手にし、徹底的に読みつくし、受験後に他の参考書とともに一度は手放しました。

この時点でかなり荒巻信者ではあったのですが、その後大学の授業で世界史や文化人類学を取り扱うようになり「ああ荒巻の解説が読みたいな」と思うことが増え、再び購入することに。最初は授業で必要だった古代ローマあたりが書いてあるところだけ読めればいいなと思っていましたが何回かそれを繰り返すうちに上中下巻が揃っていました。

そして愚かにも大学卒業時にまた他の教科書や文献とともに手放してしまいます。社会人になってからは世界史と離れた生活になりましたから思い出すことも減った…と言いたいところなのですが、僕は歴史が絡んだ映画が好きで映画を見るたびに「うーんフランス革命って結局大枠がどうなってこうなったんだっけか」などなど疑問に思ってしまい「荒巻の世界史がここにあればなあ」という完全に辞書状態。もう荒巻中毒になった体には荒巻なしに映画もドラマも見られないという状態でした。

まあこれは言い過ぎですがそのくらい荒巻を欲してしまい、結局社会人になってからも『荒巻の新世界史の見取り図』上中下巻シリーズで買うことに。Amazonのレビューを見てみると社会人の学び直しで買う人もかなりの割合いるようで、なるほどと納得しました。前述したように受験対策本ではありますが東京一工レベルでないと使えないというのはかなり局所的ですよね。それでも「この参考書は素晴らしい」と高校1年生にも届く熱量で噂になっていますから、他にも購入層がいないとおかしいなと思っていたところです。

ということで僕は『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズ狂いとして半生を過ごしてきましたので、あますところなくこの参考書の魅力を語っていきたいなと思っています。これから世界史の参考書を決めようと思っている人にはぜひ参考にしていただきたいです。

あまりにボロボロな荒巻の新世界史の見取り図

『荒巻の新世界史の見取り図』シリーズの具体的な勉強法

では、上中下巻それぞれを追っていきながらどこを押さえて勉強していくのがいいのか、具体的に書いていきたいと思います。受験生で本書未購入の方は勉強の仕方をイメージしながら読んでいただくといいと思います。社会人で学び直しに読みたい方は目次を見ていただいて、気になる巻から買ってもいいと思いますよ。

上巻(~13世紀)解説

文明の幕開けからモンゴルによる「世界の一体化」まで

上巻・もくじ
オリエントの章
ギリシアの章
ヘレニズムの章
イランの章
ローマの章
ヨーロッパ成立の章
イスラームの章
アフリカの章
西ヨーロッパの章
東ヨーロッパの章
南アジアの章
東アジアの章
東南アジアの章
epilogue~モンゴルの章

上巻はオリエントの話から入ります。実はこのオリエントの話こそ世界史の鬼門で、暗記する単語が多いわりに面白くない。昔の話って情報が少ないのでどうしてもドラマ性に欠けるんですよね。あとアッカド人とかシュメール人とか、今は聞いたこともないような人種の話が出てきて非常にわかりにくいです。このあたりは大学受験においてもさほど出題頻度が高くないのでさらっとでいいと思います。

この章で重要なのは、前半のオリエント・ギリシア・ヘレニズム・イランの章で「世界はバラバラで、いろんな文化や民族がグニャ~っと増えたり減ったり移動したりしてたんだなあ」くらいでまずはいいと思います。そのくらい大枠を掴む章です。出てくる国は今はない国ばかりなので名前など覚えにくいです。なので横軸を意識しながら、常に地図を思い描いてどういう順序で勃興していくのか掴んでいきましょう。世界全体の流れを掴むことで、「この宗教がここまで伝播したのか」とか「ギリシアのこの考えがローマのここに繋がるんだな」とか記述に効いてくるときが来ます。年代の暗記はいらないですが、その時に思い出して引用できるよう、各小見出しまでは順序まで正しく記憶にひっかけておくといいと思います。

そして真ん中で出てくるのがローマですね。ローマ・ヨーロッパ成立・イスラームの章の3つで、上巻のタイトルにあるような「世界の一体化」が見えてきます(正しくはモンゴルによる世界の一体化の話なので少し違うんですが、僕としてはローマ史あたりから世界が繋がっていく感覚が得られるのでこう書きました)。

この3つの章は特に何度も読み返すところだと思います。本書の中でも歴史世界の変遷が図解されていますが、ローマがローマ帝国になってキリスト教帝国になりその後の西欧世界・東欧世界になっていく流れを意識しましょう。そしてそこを幹としてギリシア・オリエント・ヘレニズムとの繋がりや隣で繰り広げられるイラン文明・イスラーム世界を理解します。

上巻ではその後の西ヨーロッパの章・東ヨーロッパの章も重要ですね。逆に言うとそれ以外のアフリカやアジアの部分は、周回する上では飛ばすことがあってもいいと思います。まずはヨーロッパを縦で理解して、アフリカ・アジアはそれぞれを点で見た後に、古代世界を横で見ていくときにヨーロッパと繋げていきます。「世界史を横軸で理解するぞ」のターンの時と「ヨーロッパ周りを一旦縦軸で理解するぞ」のターンの時と、読む章を分けて取り組むのがいいですね。

中巻(13~19世紀)解説

ヨーロッパの拡大による「世界史」の誕生

中巻・もくじ
ヨーロッパの章 中世末期編
ヨーロッパの章 大商業時代(大航海時代)編
ヨーロッパの章 宗教改革と主権国家体制の成立編
ヨーロッパの章 絶対主義の時代編~16世紀後半~
ヨーロッパの章 絶対主義の時代編~17世紀~
ヨーロッパの章 絶対主義の時代編~18世紀~
ヨーロッパの章 工業化社会の到来編
ヨーロッパの章 フランス革命編
ヨーロッパの章 ナポレオン編
ヨーロッパの章 ウィーン体制編
ヨーロッパの章 国民国家の形成編
アメリカ大陸の章 アメリカ合衆国編
アメリカ大陸の章 ラテンアメリカ諸国編
イスラームの章
アフリカの章
南アジアの章
東アジアの章
東南アジアの章

中巻は目次を見てもらえたらわかると思うんですけど、半分はヨーロッパの話です。重要すぎて、映画や小説を読むたびに読み返してしまう章。受験としても最も出題頻度が高いあたりだと思うのでしっかり理解して読み進めましょう。

大きく捉えると、世界を支配するのが宗教から国(国王)へ、そして市民へ、という流れがあります。上巻で発生した「キリスト教」という繋がりが大商業時代によって崩れていくわけですが、なぜ崩れたのか?それがなぜ国や国王で団結していくのか?それどうやって市民に移っていくのか?という、事実を逆説的に考えてまるっと答えられたら完璧です。

個人的に、この中巻で一番俊逸なくだりは「社会契約説」の説明の部分ですね。4ページにわたりみっちりと書かれているんですが、これは倫理の範囲です。でも世界史をとらえるにはとっても重要な話なので、暗記だけで終わらせたら本当に勿体ない。社会契約説や王権神授説がわかっていないと、近代民主政治への移り変わりがわからなくなってしまいます。

もう一つ重要なくだりはナショナリズムが生まれるあたりですね。「近代市民社会が成立する=身分制度が崩れる=絶対王政が崩れる=革命がおこる=国民国家が成立する=ナショナリズムが生まれる」という流れの解説がうますぎる。受験問題でどこから切り抜かれてもこの流れの中に身を投じて記述していく力が試されます。

ヨーロッパ以外ではアメリカ・イスラーム・アジアが入ってきます。だんだんアメリカ・イスラーム・アジアも理解していないとヨーロッパとの絡みがよくわからなくなってくる頃なので、一度上巻に戻ってサブ的に扱ってきた国に関しても整理してく時間が必要です。が、縦の繋がりを重視して一気にヨーロッパを理解したい場合は下巻の「帝国主義の章(ほぼヨーロッパの話)」に飛んでもいいと思いますよ。

下巻(19世紀末~現在)解説

ヨーロッパの没落が招いた新しい世界史の時代

下巻・もくじ
帝国主義の章 世界分割編
帝国主義の章 第一次世界大戦への道編
帝国主義の章 第一次世界大戦編
帝国主義の章 戦間期編
帝国主義の章 第二次世界大戦編
冷戦の章
アメリカ合衆国の章
ラテンアメリカの章
西ヨーロッパの章
ソ連・東ヨーロッパの章
東アジアの章
南アジアの章
東南アジアの章
中東イスラームの章
アフリカの章
epilogue~日本の章 あとがきにかえて

大きくは第一次世界大戦・第二次世界大戦・冷戦とその後、という3つに分けられます。個人的に、下巻は上巻とは逆に一章一章の歴史的縦の繋がりを「無視して」進めるのがいいと思っています。

なぜなら、ここから現代までは本当にずっと歴史が繋がっていくので「はい!ここで第二次世界大戦がはじまって全てが変わりました!!」となるような瞬間は訪れないんですね。全部の出来事が重要度同じくらいでぬるっと始まって終わらずに次の形へと変化していってしまうというか…。ですので、繋がりを意識せずに1つ1つの出来事を整理していく方が重要かなと思います。縦の意識はあとからついてきます。

例えば、「世界恐慌」は第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期にありとても重要な話です。でもこれを前後の繋げて考えようとするとどうしても世界大戦の方に引っ張られてしまい、ボリュームも覚えるには膨らみすぎ、全部通史を終えた後に「世界恐慌って何なんだっけ」となってしまうんですね。

なので一旦歴史との繋がりは無視して、世界恐慌という単語からフランクリン=ローズヴェルトが出てきてニューディール政策を行い、修正資本主義が出てきて、ソ連が承認され、ドイツが貧しくなりナチスが台頭し、ソ連が急成長する。ここをしっかり覚えます。最初から最後までしっかり覚えておいたら、後で記述問題を解くときにちょっと考えれば「第一次世界大戦があったから世界恐慌が起こったし、世界恐慌があったからナチスが出てきて第二次世界大戦になっていく」とわかります。このように、一旦下巻を読む時には「章ごとにみっちり」というスタイルが合っていると思います。

類似の世界史通史参考書との比較

さて、他にも実は類似した参考書はあります。同じように講義を参考書にしたもので、通史を扱うのは『鈴木 敏彦のこれならわかる!ナビゲーター世界史B』『青木裕司 世界史B講義の実況中継』のシリーズが有名です。

僕は実際に実況中継も購入し受験時には使用しましたが、読みやすさでいうと荒巻の方が上かなと思います。冊数も実況中継は4冊あり1冊のボリュームも多いので単純に読むのに時間がかかりすぎるんですよね。ナビゲーターも同様に4冊と、荒巻よりもボリュームがあります。逆に言うと早慶も対応できるくらいの知識量が入っているとも言えるので、より大学受験に特化し「これ一冊で全て解決したい」という人は他2冊の方が向いている可能性は高いです。

荒巻の欠点を言うと、何度も言いますが用語は少ないです。東大などの国公立はカバーできますが私立には弱い。あとは荒巻の思想が入りすぎて、コラムなどが「邪魔」「不要」と感じるのであればあまりおすすめはできません。受験勉強中に「いやそれってどうなの?」といちいち考えていたら煩わしいですよね。荒巻と考えが合わないなと感じる方は他2つのシリーズの方がもっと歴史を客観視していて向いていると思います。

でも僕が荒巻を推したいのは、やはりわかりやすさ。完結であること。僕はめちゃくちゃに世界史が好きでしたが、他にも英語や数学などやることはたくさんあるわけで、世界史の勉強に受験時そこまで時間を割けないと思いました。青木の実況中継はそれでいうと長すぎて眠くなり、一周目で挫折してしまった形ですね。図解や地図情報も荒巻の方が多いと思います。

そして、この3シリーズ全てに手を出すというのは考えない方がいいです。基本的に受験勉強においては1つの参考書に惚れ込み、何周もして行間を読み解いていった方がいいですから。僕の場合は荒巻を数周と授業で扱っている山川の世界史Bの教科書も平行して数周し受験を迎えました。